感動

「今日、娘が天国に…」小さな子どもの父が語った真実に

2011年12月31日にある男性がインターネット掲示板にスレッドを立て、思いままにある文章を書き綴りました。

後に多くの人を涙させることになった文章、男性は数日前に5時間でこの世を去った娘の父親。

悲しさを紛らわすかのように、淡々とした口調で「5時間の精一杯生きた娘と家族」のお話しました。

 

5時間を精一杯生きた娘と家族の物語

妊娠判明したのは5月そして6月には双子だと言うことが発覚8月まではなんとか順調だったんだ。

8月も終わりになったころ問題発生成長に差が出始めた。小さい方は大きい方の半分の大きさでもその頃は様子見をするしかない状態双子で差はつく事はまああるとの事。

これから成長が追い付く事もあると医者が言う事実その後だんだんと大きいほうと変わりなくなったそして10月中旬までは一進一退ではあるがまだ順調と言えるレベルだったんだ。

10月中旬に大問題が発生二卵性なんだが、小さい方が羊水過小症に陥る医者にあと一週間持たないかもしれないと 宣告を受ける。

頭真っ白ただ、今死んでも母体に吸収されるから大きい方への影響は何とか大丈夫だと。今後羊水増える可能性もゼロではないのでまた一週間様子見。

一週間後更に羊水が減っている外来のエコーより精度の高いMFICUのエコーで初めて診てもらうそこで驚愕の事実小さい方は卵膜が不完全に形成されていて羊水が溜まれないらしい。

診察してもらっているのは県内で1、2を争うほど設備が整ってる大病院で色んな症例を経験している医者もいるのだが彼らでさえ5年に一度あるかないかの珍しい症例だと言う。

羊水過小ってのは、読んで字のごとく羊水が異常に少ない状態の事だよ色んな原因があるみたいだが赤ちゃんのクッションだったり栄養だったり機能形成のアイテムである羊水が減ってた。

後述するが娘の死はこれが根本の原因なんだ。ちなみに自然妊娠だよ。

羊水過小、卵膜形成不全が判明したため医者からは小さい方は時間の問題だが二卵性で部屋が違うため大きい方は問題なく育てるはずだから、一人を元気に産むことに頭を切り替えた方がいいと言われる。

さっきも書いたが、その時点では小さい方が死んでも母体に吸収されるから大きい方に影響はほぼないだろうと。

後小さい方が行き長らえることは奇跡と呼ばれるものが起きない限り無理だろうbyドクター泣俺頭真っ白双子で超嬉しかたのに泣いて帰った一週間後。

週一の検診に一緒に行くため準備中、嫁がトイレから出てきたら顔面蒼白「出血しちゃった」急いで病院へ。

正直この時は「終わった」と思った。病院行ったら出血は微々たるものだけど、それよりも破水をしていると。しかもどっちの破水か判然としないから即入院。

医者は「いずれにしても破水した以上二人ともそう遠くない時期に産まれてしまうでしょう。少しでも在胎週数を延ばせるよう我々も努力します」

もう祈るしかできないの。これが11月初旬 で21週と何日かの時。21週と6日までは親に諦める権利もあると言われたが諦める気は無し当面の目標は腹の中で25週を越える事。

入院してから一番怖いのは子宮内感染破水ってことは赤ん坊を守ってるバリアがなくなったということで、外界と子宮内が通の状態そこへ感染の恐怖感染を押さえるため保険適用外の膣剤の使用者許可を求められる。

いくら金がかかってもいいから助けてほしい。金額は聞かずに同意書にサインをした。1日朝夕一錠ずつ膣内に挿入する薬。

聞いてないのに医者が金額を言った「一錠剤あたり180円、1日360円です」膣剤のおかげか、感染は起こらず毎日を過ごしていた。

ただ破水は止まらず日に何回も下着を取り替える。赤ん坊二人は心音もハッキリしていて医者も「これだけ羊水漏れてると、心音とかで苦しいのを訴えるんだが…全然苦しがってないねw」だと。

 

入院から25週経過

入院してから大過なく25週へ突入。

血液検査で感染兆候も全く見られず希望の光が見えてくる。大きい子の方は順調そのもの。医者たちはこの子に全く問題がなく育っているため、破水は小さな子だと断定。

本来の予定日は3月中旬でした。小さい方もゆっくりではあるが成長している。25週も終わろうかと言う頃産科の主治医
新生児科の生まれたあと担当になる先生、担当看護師、嫁、俺の5者面談。

そこでまたしても奈落の底へ突き落とすような面談内容今月の初めの話。話の内容は産科主治医「小さい子の方は、破水が始まった時期がちょうど肺の形成が始まる時期です。

肺というのは赤ちゃんがお母さんのお腹の中で羊水を肺に入れたり出したりしながら形成されていくため羊水過小と言うことは肺が全く形成されないか、形成されても自発呼吸できない可能性の方が大きいです。」だと。

羊水がなくても生きていれば大丈夫だと思っていたおれは生まれたあとにそんな危機があるなんて考えてもいなかった。

次は新生児科主治医「ハッキリ言って双子で今(25週)だとかなりキビシイ。単胎だとなんとかなる週だが、双胎となると話が別です。今出てしまうと、小さい方は間違いなく助からないでしょう。

大きいほうも命だけはなんとかという状況です。予後の後遺症リスクもかなり高いです。双子で、順調だとしても後遺症リスクを考えるとなんとしても28週まではお腹に入っていてほしい。28週までいくと後遺症リスクは一気に減ります。」

二人の主治医に以上の事を伝えられ、もう思考停止状態。ただひとつ理解できたのは、28週までいかないと二人ともキビシイということ。

幸いこの時点ではお腹のはりもなく、感染兆候も無し。羊水が漏れている以外はかなり状態は安定していた。あと3週間がんばれば大きい方は低リスクで救命できる。

小さい方ももしかしたら破水が止まって肺の機能が少しでも回復するかもしれないとてつもなく長い3週間のはじまりだった。

12月初めの話。

12月に入ってから1日1日がものすごく長かった。3週間がこんなに長いものだとは…でも、目標の28週はわりとあっさり
到達したんだ。

嫁と一緒にバンザイしたねw感染もなく、小さい子の足元に少し、ほんの少しではあるが羊水も溜まっているのがエコーで見ることができた。

主治医も「普通、破水しちゃったら1~2週間で産まれちゃうから、これだけお腹の中にいてくれたのはハッキリ言って驚きです。

こうなったら行けるとこまで行きましょう!大きい子の方は今出てもかなりの確率で大丈夫だと思うけどまだ出たがってる様子ないからねw」

安心した。ひたすら安心した。嫁も子どもたちもよくここまで耐えた。しかし問題になるのは肺の状態がよくない小さい方。

肺の低形成にも種類があって機能的肺低形成というのだと、特殊な空気を送る機械で肺を広げる事ができるんだと。

器質的肺低形成というのだと、もう手の施しようがないそうで。お腹の中にいるうちはその判断ができないんだと。

産まれてきて、空気を送ってみて初めてわかるらしい。28週に入ってすぐ、新生児科主治医から提案があった肺を広げるための機械(何かブルブル動く機械だったのでブルブルと書きます)

新生児科主治医「普通ブルブルはNICUに運ばれてきてから初めて装着します。新生児の肺が圧力に耐えられない可能性があるため急変しても対処できる機械が近くにあるからです。

しかし1さんのお子さんは、肺の低形成とはいえ28週を過ぎているため体も大きく産まれたらすぐにブルブルを装着したほうが肺の開きがよくなるかもしれません。

手術室からNICUにくる50m位の間で亡くなるお子さんも、ブルブルを早く出来ていればと悔やむことがあります。

ただ気胸を起こすリスクもありますが、体の大きさから考えても産まれてすぐの方が救命確率が高いと考えます」可能性に賭けようと思った。

少しでも生きられる確率が上がるなら。

ちなみに28週時点では大きい方は1000gくらい、小さい方は850gくらいでした。ここまでが先々週までの話。

そのあと昨日の朝までの29週と5日「とりあえず」順調な日々が突然終わりを告げる。

am 07:30

嫁「お腹痛い。今日産まれちゃうかも。今から来れる?」

急いで病院へ。

病院着。

嫁には子どもの心音と、お腹のはりを見るためのモニターが付けられている。

子どもの心拍数が早い。通常150位のところ、170オーバーお腹のはりのグラフも、10分間隔くらいで山になっている。

産科主治医「先ほど血液検査をしたら、感染の兆候がでています。おそらく感染の始まりで赤ちゃんも苦しがっているんでしょう。

大きい方の子はこれだけのグラム数、週数ですから、ほぼ問題なく育ってくれるはずです。小さい方の子は肺が開くことを祈ってもう出してあげましょう。このままだとお子さん達に本格的な感染が始まってしまいます。」

そこからはどのような手術をするか、麻酔のリスクの説明や色々な同意書を書いている間に嫁は帝王切開の準備完了。

あれよあれよという間に嫁は手術室へ。ものすごく不安な顔をして。おれは嫁の手を握るしかできなかった。

手術室の外で待たされる看護師さんがくる「あと30分もしないうちに取り出してすぐにNICUに搬送するのでNICUの入口でお待ちください。そこで赤ちゃんに少し会えますから」

 

気の遠くなる様な時間

このあとの30分気の遠くなるような時間だった40分ほどしてまずは大きい方の子どもが運ばれてきた

小さい。頭がおれの拳より小さい。口にはチューブ。先生が空気を手動で送っている

俺「大丈夫なんでしょうか?」

医者「やはり未熟児というだけあり、ひとりでは産声をあげられず今は肺に挿管しています。空気を送ってあげたらひとまず落ち着きましたので、

すぐに保育器に入れて処置をします後程お呼びしますのでお待ちくださいまずはおめでとうございます」

あんなに苦しそうにしてるのになにがおめでとうだと一瞬思ったでも生きている!容態も落ち着いてるという言葉を信じて二人目を待つ。

それから更に20分位あと二人目が来た肺がどうなっているか見るからに体色が悪い。 黒い。もうね、どす黒いの。一人目と違うって直感的にわかってしまった。

新生児科主治医「お父さん…非常に厳しい。恐らく機能的と器質的の中間。というよりも限りなく器質的に近いグレーゾーンだ。

ブルブルに耐えられなかった…肺が破れて気胸になってしまったから、もう肺の下から管刺させてもらって空気を抜いてます。本来はお父さんの同意が必要だけど、待ってる余裕がなかった…

今から全身管理するから、後程お呼びします。しばらく待ってて下さい」何も考えられなかった。代われるものなら代わってやりたかった。

おれが死んであいつが助かるなら喜んで命を差し出したと思う。先に嫁が目を覚ましたからそっちへ向かう麻酔の影響でまだ意識がハッキリしない。

嫁「赤ちゃんは?」

俺「今先生達必死で治療してくれてる。一緒に祈ろう」

程なくNICUへ呼ばれる。まず先に一人目の所へ肌の色はいい感じ。先生もひとまずの危険は無くなったと
言ってくれた。

安定してきたから酸素ではく我々と同じ空気を送っているとの事。一安心。続いて一番奥でものものしい機械に
囲まれている小さい子の方へ

やはり肌の色が悪い。でもね、動いてるんだよ!手のひらに乗るくらいの小さな体に管を何本も刺されて…ギリギリのラインで必死に闘ってんの!

名前決めてあったから、俺も必死で声を掛ける。そしたら、目を開けたんだよ!クリクリしたかわいい目。

主治医「お父さん…やはりとても厳しい。ブルブルと肺を開かせる薬一緒に入れても開いてくれない…というより、肺がほとんどないんだこの子…

ただ1000g越えてるからここを乗り切れば耐えるかもしれない。これ以上の治療を継続するかは、ご両親の判断です。やれることすべてやるんであればあとは循環器系の管理になります。それでもどうなるか…」

決断の時ひとまず考えるだけの時間の延命はできるとの事で家族控え室で二人分の様々な同意書や書類の説明を受ける。

そこへ看護師がくる「お父さん、小さい子、心拍が下がってきました。すぐにNICUへ来れますか!?」

ダッシュで向かう。

娘の前にくると、さっきよりますます色が悪い。

主治医「お父さん…循環器系の管理に行く前に、ひとつ試してみよう。この注射いれてみて反応見よう。これも同意必要だけど、入れるよ?」

もう、うんとかええしか言えなかった。何の薬かも覚えていない。チューブのコネクターから注射器に入った薬が娘に入る。

苦しいのか、体をビクン!とさせて顔が歪んだ。本当に苦しそうな顔

「先生やめて!」

俺は先生の手を掴み思わず叫んでいた。

次の瞬間、心拍戻って体が赤くなったんだ血が巡った色。

主治医「お父さん、やっぱりこの子強いわ。こんなにすぐ反応あるなんて。肺は成長と共に大きくなる可能性は十分ある。
こんだけすぐに薬に反応する赤ちゃんは見たことがない。私としては循環器系の治療を受けさせれば勝ち目があるかもしれないと考えます」

そこへストレッチゃーに乗って嫁が来た。まだ意識もハッキリしないのに、無理を言って連れてきてもらったらしい。

 

娘の顔をみて

嫁は娘をみて一言

「かわいい…」

ボーッとした目で必死に娘に触ろうとしている。しかし保育器の中なのでケースに手が当たる。それが理解できないようでかすれた声で「さわる…さわる…」とうわ言のように繰り返す。

そこで主治医から言われた事を思いだし嫁に「小さい方はこういう状況だけど、必死に生きようとしてる。
治療の余地あるみたいだから、出来ること全部してあげたい。いいか?」

嫁は一言「おえあいします…」麻酔でうまく言えないが主治医は聞き取ってくれた。

「全力を尽くします」

待機していた医師団が娘を取り囲む大小様々な器具やモニターが取り付けられマンガやドラマでも見ているみたいだった。

医師団「それでは我々は今からありとあらゆる治療方を使い、娘さんの救命に努めます。しかし状況は依然厳しいです。万が一の覚悟もしていてください。」

もう、何でもいい、誰でもいいから助けてくれと本気で祈った。一生寝たきりや池沼でもいいから、生きて欲しいと 思った。

今まで池沼の事を心のどこかで蔑んでたくせに…自分に嫌悪感が湧いた。そこまで頑張っていた嫁が限界が来たのかまた眠った。

俺はまた書類のサイン作業へ戻る。二人分の書類。

「麻薬」の文字。

痛みや苦痛を取り除き、暴れたがる新生児をコントロール するために使用するらしい。名前はモルヒネ。こんな小さな体に麻薬まで入るとは…

書類や治療方法の説明がたくさんあり、しかも二人分なので一時間位かかった。

ここまでで産まれてから4時間くらい経過書類も書き終わろうかと言う頃主治医がやって来た。

主治医「お父さん、申し訳ない。心拍が下がったままになってしまった。もう我々の力、現代医学では限界まできてしまった。

あとは残された時間をお母さんの胸の中で静かに過ごさせてやった方がいいかもしれない」

まずは俺が一人で娘の所へ。嫁はベッドからまたストレッチャーに移動してからくるので、少し時間がかかる娘の前へ行く
もう、一目見て生気が無いのがわかる。

モニターへ目を移すと、心拍数が20~30まで落ちている。

俺「先生!まだ生きてるんだよね!?本当にこれ以上できる治療は無いんですか!?」

主治医「かろうじて意識がある状態です。あとできることは…無いです。延命も厳しい。」

俺「わかりました。

娘!娘!今ママ来るからな!それまでがんばるんだぞ!」ひたすら娘にママ来るまでがんばれって声を掛けてたが、周りの人たちは何を言ってるかわかんなかったと思う。

俺自身も目、鼻、口から汁が出てきて何を言ってるかわかんなかったから。

声をかけ続けるが、心拍数は一桁から30位で安定しない。ママがくるまではなんとしても生きていて…嫁が来るまでは五分とかそれ位だったんだろうが、ものすごく来るのが遅く感じた。

ストレッチャーに乗って嫁到着

嫁「娘、頑張ったねぇ。苦しかったねぇ」

医師団「点滴全部外して!人工呼吸だけ残して!お母さんの胸にのせてあげるから!」

看護師「お母さんごめんね!一旦上着の胸開くよ!ここに赤ちゃん乗せてあげようね!」

娘は人工呼吸以外の管はすべて外され嫁の胸の中へ。

娘は嫁の胸の中に収まった。

手動の人工呼吸のシュー、シューという音と心電図の音だけがやけに大きく聞こえる嫁は強いわ。ニコニコしながら娘の
頭をなでてあげてんの。

その時、びっくりする事が起きた。

娘が最期の力を振り絞ったのか目を開けたんだよ。

まるで俺らの顔を確認するかのように。

ほんの一瞬だったけど確かに目を開けた。

モニターを見ると心拍が0になっていた。

 

娘の最後の瞬間

俺「もう死んでしまいましたか?」

主治医「モニターできないくらい弱くは生きてる。」

娘の安らかな顔。

最後は本当に安心しきったような表情で眠っているように見える。

主治医「それではご両親、あとは綺麗にして娘さんをお渡ししますので一旦病室へお戻り下さい。最期の瞬間を両親と過ごせたのは娘さんにとっても幸せだったと思います。それができないお子さんも沢山いますから。」

病室で待っている時間、無言。

20分ほどして産着を着てタオルにくるまれた娘が来た。

おしろい、口紅をされている。

最初で最期のお化粧。

すごく美人w

看護師「それではしばらく、親子水入らずの時間を過ごしてください」

病室に三人になった。

肺がほとんど無いのに5時間も生きてくれた娘。

破水、出血、感染の恐怖と2ヶ月以上闘った嫁。

涙が止まらなかった。

娘がとてもいとおしい。

大人になったらどんな彼氏を連れてきてたんだろう?

趣味は何になっただろう?

一緒に釣りに行きたかった。

スキーに行きたかった

旅行も行きたかった。

美味しいものを食べさせたかった。

キレイな海を見せたかった。

山を見せたかった

空を見せたかった

「お父さんウザイ!クサイ!」

そんな事も言われたかった。

ちなみに旅立ったのは戸籍上の姉になります。妹はこの3日を乗り切れば何とか大丈夫らしいです。

羊水が漏れ出してから3か月普通なら1~2週間で産まれてしまうのに3か月も嫁のお腹の中で頑張ってくれたお姉ちゃんきっと妹を守りたかったんだよな。

産まれてから、妹の無事を見届けたかったんだね。だから妹の容態が安定するまでの5時間、頑張ったんだね。

あのとき目を開けたのも妹の事を俺らにお願いした眼差しのような気がして…

お姉ちゃんの分までしっかり育てるから!パパ…頑張っちゃう!

その後、役所へ書類の提出、その他雑用が終わり、長女の火葬日も決まった後に棺に入れる為の物を揃えていったそうです。

ご夫婦で作られた折り紙

かわいい柄のタオル赤ちゃん用のツナギみたいな服、靴下アンパンマンのぬいぐるみ

お菓子タマゴボーロ、金平糖、チョコ、かっぱえびせん。

ご夫婦の新婚旅行での写真、奥様がビーズ作りが趣味なのでビーズでできた指輪、バック、飼ってる猫をモデルにした猫ビーズ。

亡くなった娘さんを入れる棺は1番小さいものだったけれど、それでも生まれたばかりの小さい体には大きすぎたので、なるべく隙間を作りたくなかったのだそうです。

店で娘に買ってあげるものを選んでたとき男性は、

「成長したらこういうのを着せたりしたらカワイイだろうな」

「どんなオモチャなら喜ぶかな?」

などと考えながら、気づいたら涙を流しながら亡きお子様を想ったそうです。

その後姉の力のお陰で命を繋いだ妹は、幸いにも様態が安定し、障害が残る心配は無さそうとのこと。

5時間という時間を生き抜いた姉は最後に妹の無事を見届け、親の顔を確認し、ご夫婦に全てを託して逝ったんだと前向きに捉えたいと男性は語っています。

 

最後に・・・

この世に誕生した命はいずれ終わりを迎え、どんな人生であれ必ず生きたことに意味があります。

亡くなられたお姉ちゃんは自らの命をもって、大切なことを教えてくれました。

どうか人生に躓き、辛い思いをしている人はそのことを思い返し生きてください。

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